RIRAHII – PORTFOLIO

無意識や潜在意識の行動・考え方・人付き合いへの影響について

      2014/12/26

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こんにちは、RIRAHIIです。

よく、誰かと接していたりすると、
「”なんとなく” この人落ち込んでる感じだなぁ」とか、
「”なんとなく” この人楽しそうだなぁ」と感じる事があります。

この「なんとなく」の部分は、
非常に複雑で、言語化しづらいですよね。

「落ち込んでる感じ」「楽しそうな感じ」と表現するのが精一杯です。
「なぜ、そう感じるの?」と聞かれれば、それを詳しく説明できなかったりします。

原因を説明できないけれど、
「なんとなく」そう感じるのです。

不思議な話ですね(笑)

僕たちは、この「何とも言えない何か」を受け取って、それを「落ち込んでる感じだ」とか、「楽しそうな感じだ」と、自分の世界で認識できる言語に、対応付け(マッピング)します。

僕は、相手が無意識に発する情報を、無意識に受信して、「なんとなく」を感じているのだと思っています。

相手の細かな仕草、言葉遣い、表情etc…相手が無意識で発するものを、受信側であるこちらも無意識のうちにキャッチして、”なんとなく” を感じているのです。

そうした現象を、
僕はこれまでにたくさん経験しました。

今回の記事では、それらの現象を「無意識のメッセージ(造語)」と名付けて、ご説明したいと思います。

「無意識のメッセージ」という言葉を作ったのは、単純にこうした現象の説明・認知に便利だからです。これも「対応付け」ですね。

今度から、今回の記事でご説明するような現象が起こった時、「なんか、こういうことよくあるよな」という抽象的な認識ではなく、「これは、無意識のメッセージだ!」と具体的に認知できるようになります。

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「悪の教典」のハスミンと、無意識のメッセージ

「悪の教典」という貴志祐介さんの小説があります。

貴志祐介さんの名前や小説を知らなくても、この「悪の教典」という作品や、「鍵のかかった部屋」「新世界より」といった作品は、メディアミックスされていることもあり、ご存じの方は多いと思います。

今回は、「悪の教典」のエピソードを少し引っ張ってみます。作品のネタバレはありませんが、純な状態で読みたい方は、ブラウザバック推奨です。

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悪の教典といえば、
やっぱりハスミン(蓮実聖司)です。

ハスミンは主役で、この小説内で登場する「晨光学院町田高校」の英語教師です。

ハスミンはルックスも良くて、授業も面白くて、人柄も良くて、生徒はもちろん、同僚やPTAからも大人気の先生でした。

ですが、実はそれは表の顔で…。
というのは、映画のCMなどでご存じの方も多いと思います。

実はハスミンは、サイコパス(反社会性人格障害)であり、サイコキラー(サイコパス等のため、猟奇・快楽殺人を繰り返す殺人犯)だったのです。

にも関わらず、
ほとんどの生徒や同僚は、
ハスミンの正体などつゆ知らず…。

しかし、「片桐怜花」という生徒だけは、「”なんとなく”」ハスミンに不信感を抱き、警戒していました。

片桐怜花は、人の本質を直感的に見抜くような能力を持っていました。だからこそ、完璧な「”演技”」をしていたハスミンの本性すらも、見破っていたのです。

これは、今回の記事で言えば、

「ハスミンが無意識のうちに、自分の本性をメッセージとして発信していて、片桐怜花はその発信を無意識のうちに受信して、ハスミンの本質を感じた。」

ということです。

本来、人間というのはこの「無意識のメッセージ(無意識の振る舞いと、無意識に自分がしている認識)」を隠しづらいものだと思っています(ハスミンが隠せていたと思う理由は後述)。

だからこそ、たとえ全く同じ言葉を喋ったとしても、「これは本心だな」と思うこともあれば、「これはうわべだけだな」と思うこともあるのです。

なぜ、なんとなくそう感じるのか。

それは、「無意識のうちに相手について考察しているから」です。

そして、その無意識の考察のための判断材料は、以下のようなものだと思っています。

  • 今までの経験(経験則)
  • 相手の実績(ブランド)
  • 最初から備わっている本能的なものや、遺伝的なもの

これらに基づいて無意識に考察した結果、判断に影響を及ぼすのだと考えられます。

これらの要因について、もう少し詳しくお話したいと思います。

「今までの経験(経験則)」というメガネ

こういう喋り方の時は、こういう結果になって、
こういう目の動きの時は、こういう結果になって、
こういうボディランゲージの時は、こういう結果になって…etc

「こういう時、こうなった」
という経験は、これまでの人生の中で、膨大に蓄積されています。

それらの経験知(経験を通じて勘や感覚として体得された知識。暗黙知)は、いざ相手と対峙したとき、無意識的に使われます。そして、「”なんとなく”」を感じ取っているのです。

では、なぜ悪の教典の主人公であるハスミンは、他者をまんまと騙せたのでしょうか?

それは、ハスミン自身も、「こうすれば相手は自分を信頼する」ということを経験知として持っていたし、形式知(説明できる知識)としても持っていたからです(心理学にもかなり精通していました)。

なので、本当に洞察力の強い片桐怜花のような人間以外は、まんまと騙されてしまったのだと思っています。

「相手の実績、ブランド」というメガネ

東大生と聞けば、頭が良い人だろうと思うように。
警察官と聞けば、正義感のある良い人だと思うように。

そんなふうに、つい思ってしまうものです。もちろん傾向としてはそうなのだけれど、それは100%ではないにもかかわらず。

このように、「相手への評価」は、「相手のこれまでの実績・ブランド(例 : 東大生)」に、かなり影響を受けることになります。

たとえば、大企業の社長が「次に流行るビジネスはこれ!」と言えば説得力がありますが、ふなっしーが「次に流行るビジネスはこれなっしー♪ ブシャー,”:*」と言っても、まったく説得力がありませんよね。

これらは、「東大」とか「警察官」みたいに客観的な、多くの人がそう思うブランドには限りません。ブランド作り(それにレッテルを貼る)は、” あなた “ が、” 普通の個人である誰か “ に対してもすることなのです。

たとえば、あるアメリカ人が、
流暢な日本語で、こう言ったとします。

「こんにちは。私はマイクです。趣味は野球観戦で、日本に来てからは東京ヤクルトスワローズを応援しています。好きな選手は畠山和洋です」

まぁ、なんて日本語が上手な人なんだ。 と思うはずです。

しかし、実はマイクは、上記の例文を丸暗記していただけだったのです。

あの人は優しい人だ。
あの人は強い人だ。
あの人は怖い人だ。

人は人と接する中でさまざまなことを感じ、そこからさまざまなイメージをして、他の何かと結び付け(優しい人はこうしていた、こういう人は優しいと思うetc…)、その人のブランドを作ります。

マイク = 日本語上手い人…と思ったように。

しかし、やはりそれも、真実とは限らないのです。

最初は、ハスミンの事を「なんとなく、やばそうだ」と感じられたとしても、そこからハスミンが、誠実な行動を何度も何度も重ねたら、どうなるでしょうか?

誠実な行動を積み重ねてきた実績がある人は、それだけで良い人だと思ってしまうし、逆に悪事を積み重ねてきた実績のある人は、それだけで悪い人だと思ってしまいますよね。

もちろん、これらは便利な機能です。何かに対して、いちいち深く考える必要がないからです。

最初は九九の掛け算に時間をかけていたが、次第に8×8=64と瞬時に答えられるように、いわば思考のショートカットができるようになっているのです。無駄な時間を使わなくて済みますよね。

また、深く考えるがゆえに、できなくなることがあります。

たとえば、自転車の乗り方をいちいち考えながら自転車に乗れば、転びます。手の力の入れ具合は、足は、角度はetc…。

僕は子どもの頃「太鼓の達人」というゲームが好きでした。このゲームは、難易度が上がると、手の動きが高速になります。

あるとき、僕のプレイを見ていたギャラリーの方が、こう言いました。

「すご! なんでできるの!」

思わず僕は考えました。「どうして、できるのだ?」 その瞬間、それまで高速に動いてた腕が、動かなくなりました。

「マザー・グース」という英語の伝承童謡に、こんなお話があります。

アリがムカデに聞いた。「どうして足がたくさんあるのに、そんなにきれいに歩けるんだい?」と。すると、生まれて初めて歩き方を考えたムカデは、一歩も足を動かせなくなってしまった。

現代ではあまり求められないことですが、僕たちのご先祖さんは、直感的に判断をしなければ、あるいはその直感的、無意識的な動作にリソースを集中させなければ生き残れない場面や、都合の悪い場面が多々あったのでしょう。

だから、必要な機能であることはたしかです。場面によっては、それに従ったほうが良い結果がもたらされるでしょう。しかし、また別の場合によっては、過信は禁物であるということです。

「本能的なものや、遺伝的なもの」というメガネ

円、丸って美しいですよね。
三角△ って、なんか怖いですよね。

これらは経験則なのかもしれないですが、僕は本能的な部分もあると思っています。

「丸は安全だが、とがったものは危険だから、それに近づかせないように怖がらせよう」という本能的な働きです。生まれながら、そういう反応をするような仕組みになっているということです。

こういったことを、スイスの精神科医・心理学者であるカール・グスタフ・ユングは、集合的無意識(普遍的無意識とも)といいました。

なぜ、人は痛みを感じるのでしょうか。痛みは、制御装置だからです。それ以上動かしたらヤバいからこそ、痛みを出して、その部分を休ませるように、悪化させないようにするのです。

それと同じように、危険なものに対しては、嫌悪感を抱くようにできているのではないかと思っています。

そして、そうした普遍的な部分以外に、たとえば「高いところが怖い(高所恐怖症)」といった、個体によって違う反応・トラウマもまた、遺伝するのではないかと思っていました。

そんな中で、下記の記事を見つけました。

デビエッチ博士はメスのマウスに軽い電気ショックを繰り返し与え、そのときにペパーミントの香りをかがせることで、電気ショックという恐怖体験とペパーミントの香りという条件を結びつけることで、ペパーミントの香りを嗅いだだけですくみなど恐怖反応を起こすようになるよう恐怖条件付けを行いました。

その後、ペパーミントの香りを恐れるようになったメスのマウスを、ペパーミントの香りに恐怖条件付けされていないオスのマウスとつがいにさせ、生まれてきた子マウスを母マウスと一緒にした状態でペパーミントの香りを嗅がせたところ、母マウスだけでなく子マウスも恐怖反応を示しました。

引用: 後天的な「恐怖体験」が、実は子孫に遺伝していくことが判明 – GIGAZINE

人間を実験台とするのは倫理的な問題で難しく、人間にも当てはまるとは言い切れないそうです。しかし、生まれつき(つまり後天的ではない)高いところが怖かったり、水に怯える人がいるのも、また事実です。

===

経験、ブランド、本能(遺伝)、そうした様々なメガネを駆使して、僕たちはなんとなくそうしたり、なんとなく、そう思ったりするのです。

ここからは、より具体的に、無意識のメッセージについて見ていきましょう。

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意識・無意識がそれを見せる

なんで私の周りの人は、いつも不機嫌なのよ!!」と、なにやら不機嫌な「Aさん」という人が、居たとしましょう。

なぜ、Aさんの周りの人は、いつも不機嫌なのでしょうか? それは、「Aさん自身が不機嫌だから」です。

機嫌の悪いときは、ささいな事に対してすら、イライラに変わってしまいます。

イライラしているからこそ、ささいなイライラの対象が見えてしまうのだと、僕は思っています。

このあたりの話は、「答え探しのアンテナとは 〜 解決策が見つからない時の対処法」という記事で詳しくお話しています。

繰り返しになりますが、イライラしているからこそ、ささいなイライラの対象が見えてしまって、そしてまたイライラするのです。

「いやいや、べつに普段から見えてるよ!」
と、あなたは思われたかもしれません。

たしかに、普段から見えているのですが、普通の精神状態なら、その「ささいなイライラの素」を意識しません。そして、意識をしないなら、それは見えていないのと変わらないのです。

たどえば、本屋の本棚にはズラーッと本が並んでいて、視界にはたくさんの本が入っていますが、目に止まるのは自分の気になる本、意識している本だけです。

群衆の絵を見ても、特に何も感じません。しかし、その中にウォーリーが居ると分かれば、細かい部分に目が行くようになります。

また今回の話で特に重要なことなのですが、無意識のメッセージは、「怒りの対象が見える(受信)」ということに加えて、「自分が怒っていることを無意識的に表現する(発信)」ということをします。

怒っている人は、なぜか「怒り」を持っている人を引き寄せます。自分も怒っている人に寄っていくし、怒っている人も向こうから寄ってくるのです。

なぜなら、怒っている人には、怒っている人しか見えないからです。

本屋でONE PIECEを探そうと「JUMP COMICS」の棚を見ていても、「NARUTO」とか「銀魂」とか「いちご100%」は目に入らないのです(正確には見えているけれど、スルーしている。記憶に残らない)。

「え? Aさんは周りの人が不機嫌なのが不満なんでしょう? なんでわざわざ、怒っている人のところにいくの??」

たしかにその通りです。
本人も、そんな事は望んでいません。

ここで一つ、以下の実験に付き合っていただけませんか?

ルールは、「僕の言葉に従う」 これだけです。

りんごを思い浮かべないでください!!

りんごを思い浮かべないでください!!

りんごを思い浮かべないでください!!

りんごを思い浮かべてしまったと思います(笑)

そして関連する情報である、スティーブ・ジョブズ、iPhone、MacintoshといったApple関連だったり、椎名林檎さんだったり、リンゴ飴だったり、I WANNA BE THE GUYといったものも、思い浮かんだかもしれません。

この実験を通じて、何が言いたいのかというと、「脳は否定形だとしても、それを想起する(りんごを思い浮かべないで! と言われても思い浮かべてしまう)」ということです。

つまり、「不機嫌な人ばかりで嫌だ!」という思いの中においても、「不機嫌な人」に関連することを想起している、意識しているということです。そして、意識するということは、それが見えるということです。

「なんで私の周りは不機嫌な人ばかりなのよ!」と、いつも言っているAさんには、不機嫌な人ばかりが見えています。

結果的に、「不機嫌な人」が発する、無意識のメッセージをキャッチして、表面上は穏やかなのに、実は会えば愚痴しか言わない人のような…不機嫌な人ばかりに、引き寄せられていくのです。

これはつまり、「不機嫌な人と付き合うのをやめたい!」ではなく、「○○(自分の理想とする)な人と付き合いたい!」と考えたほうが良いということです。

もう一度、「悪の教典」のお話を紹介したいと思います。

ハスミンは、ハーバード大学在学時に、「クレイ・チェンバース」という人物と出会います。彼は、快楽殺人鬼でした。

普通に考えれば、二人の出会う確率というのは、ほぼ0に近いはずなのですが…。

お互いの無意識のメッセージが二人を引き合わせたのだろうと、勝手に解釈しています。

小説の中の話だと、
説得力に欠けますよね。

最後に、僕の実話に基づくお話をしたいと思います。

僕が不登校だった頃のお話

僕には不登校(何らかの理由で、学校に登校していない状態)だった時期がありました。

べつに病気ではなく、
いじめなどの問題でもなく、
単純につまらないからでした。

不登校の時は、学校の友達とかかわる機会がなかったので、学校外の環境で友達ができました。

あるときは、おもちゃ屋の対戦型試遊ゲームを通じて友達になったり。またある時は、公園でドッジボールをするための数合わせがキッカケだったり。

この時代にできた友達は、4人でした。
他にも軽い知り合いになった人はたくさんいましたが、深い仲になることはありませんでした。

この時にできた友達は、全員が不登校児でした。

「類は友を呼ぶ」「牛は牛連れ、馬は馬連れ」なんてことわざもありますが、まぁ不思議なものです。

もちろん、その友達が不登校だと知ったのは、友達になった後のお話です。

さらに、不登校の友達と知り合ったのは、普通に土日祝とか、夏休み等の休日でした(平日の昼間とかに出歩いたら補導されますし、放課後の場合はすぐに門限だったので休みの日に遊ぶのが中心でした)。

つまり、デパートやら公園やらには、不登校ではない生徒もたくさん居たということです。

いや、むしろ不登校の生徒は、ごく一部しか居なかったはずなのです。ちょっと古いデータですが、平成21年のデータによれば、小学生(僕の上記の話は、小学生の時の話です)の不登校児の割合は0.32%(316人に1人)です。

※データは文部科学省の「平成 21 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について」を参考にさせていただきました。

にも関わらず、僕が不登校だった時期は、不思議なことに、同じ不登校の生徒とだけ、友達になりました。

言語化できない不思議な感覚なのですが、「なんとなく」声を掛けてみたくなったのです。そして、「なんとなく」また遊びたくなって、それを繰り返して、友達になっていったのです。相手も僕と同じような心境だったのかもしれません。

今思えば、これも今回のお話である「無意識のメッセージ」が関係していたのだと思っています。

おわりに

自分の気持ち次第で、見えるもの、自分が関わるもの、全てが変わると思っています。

普段どんなことを考えているでしょうか。普段どんなものに触れているでしょうか。

無意識のメッセージは、誰もが発信しているし、誰もが受信しています。そして、送受信するメッセージの内容は、自分の精神状況と深く関係するのです。

ありがとうございました。

 - ライフデザイン

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